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宮崎地方裁判所延岡支部 昭和62年(ワ)18号 判決 1991年3月15日

甲事件原告(乙事件被告)

川崎幸子

乙事件被告

甲斐武徳

甲事件被告(乙事件原告)

富山千香子

甲事件被告

富山嘉和

主文

一  甲事件請求に基づき、甲事件被告富山千香子及び富山嘉和は、甲事件原告川崎幸子に対し、各自金六五万九九六四円及びこれに対する昭和五八年一一月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告川崎幸子のその余の請求を棄却する。

三  乙事件請求に基づき、乙事件被告川崎幸子及び同甲斐武徳は、乙事件原告富山千香子に対し、各自金三〇万円及びこれに対する昭和六二年六月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  乙事件原告富山千香子のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを二分し、その一を甲事件原告・乙事件被告川崎幸子及び乙事件被告甲斐武徳の負担とし、その余を甲事件被告・乙事件原告富山千香子及び甲事件被告富山嘉和の各負担とする。

六  この判決は第一項及び第三項に限り仮に執行することができる。

事実

以下において、甲事件原告・乙事件被告川崎幸子を「原告川崎」と、甲事件被告・乙事件原告富山千香子を「被告千香子」と、甲事件被告富山嘉和を「被告嘉和」と、乙事件被告甲斐武徳を「被告甲斐」と、それぞれ略称する。

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告千香子及び被告嘉和は、原告川崎に対し、連帯して金三二五万五七九一円及びこれに対する昭和五八年一一月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告千香子及び被告嘉和の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告川崎の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告川崎の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 原告川崎及び被告甲斐は、被告千香子に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月一二日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、原告川崎及び被告甲斐の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告千香子の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告千香子の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 本件事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一一月九日午前八時五〇分ころ

(二) 場所 延岡市大貫町六丁目二五五番地先路上(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車 軽四輪貨物自動車(六六宮崎あ一八三三、以下「被告車」という。)

(四) 右運転者 被告千香子

(五) 右所有者 被告嘉和

(六) 被害車 原動機付自転車(延岡市い七六〇六、以下「原告者」という。)

(七) 右運転者 原告川崎

(八) 態様 原告者が本件道路を進行中、被告車が脇からいきなり出てきたため、側面衝突し、その反動で原告川崎は加害車の荷台に放り落とされ、これにより原告川崎は後記のとおり負傷した。

2 責任原因

(一) 被告嘉和は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたので、自賠法三条の運行供用者責任がある。

(二) 被告千香子は、被告車を運転して本件道路に進入し右折するに当たり、本件道路右方の安全を確認したうえで進入すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告車の進行方向前方に突然進出して原告車の進行を妨害した過失により、原告車を被告車に衝突させて本件事故を惹起したもので、民法七〇九条の責任がある。

3 受傷、治療経過、後遺症等

(一) 受傷

原告川崎は、本件事故により、右大腿骨骨折の傷害を受けた。

(二) 治療経過

(1)イ 昭和五八年一一月九日から同年一二月二四日までの四六日間の入院期間中、同年一一月一八日にキユンチヤー髄内釘による骨接合手術を受け、同月二九日には治療のため人工妊娠中絶を余儀なくされた。

ロ 昭和五九年三月一〇日にキユンチヤー釘再打ち込み手術を受けた(入院一日)。

ハ 昭和五九年七月一六日にキユンチヤー釘再々打ち込み手術を受けた(入院一日)。

ニ 昭和五九年一一月一七日から同年一二月一七日までの三一日間入院中、一一月二一日に抜き釘手術を受け、一二月一〇日には二回目の人工妊娠中絶を余儀なくされ、一二月一二日にはキユンチヤー釘再挿入手術を受けた。

ホ 昭和六〇年八月一二日から同年二一日までの一〇日間の入院中、同月一四日に抜き釘手術を受けた。

(2) 右の手術は、いずれも本件事故による負傷と相当因果関係にある傷病の治療のために行われたものである。

原告川崎の二度の人工妊娠中絶は、本件骨折の手術をする際に、抗生物質や解熱鎮痛剤の使用が必要とされ、その場合に奇形児が生まれる危険性がある等、原告川崎の身体に悪い影響があることが予測されたので行つたものである。

(三) 後遺症

原告川崎は、前記受傷により、後遺障害等級一四級の認定を受けた。

4 損害

原告川崎は、本件事故により、以下のとおり合計金三二五万五七九一円の損害を被つた。

(一)(1) 入院雑費 八万九〇〇〇円

一日一〇〇〇円として入院八九日分

(2) 休業損害 一四八万九二三七円

原告川崎の前年度収入一一四万九二〇〇円として休業期間四七三日分

(3) 逸失利益 八八万三二九八円

原告川崎は、本件事故当時三五歳、症状固定日には三七歳になり、稼働期間は三〇年で、前記年収にライプニツツ係数一五・三七二四及び労働能力喪失率5%を乗じて算出する。

(4) 慰謝料 二九〇万円

イ 前記骨折及び妊娠中絶の治療期間につき二一五万円

ロ 後遺症につき七五万円

(5) 通院交通費 三万三〇〇〇円

西階町から県立延岡病院までバス代往復六〇〇円で通院日数五五日分

(6) 弁護士費用 四〇万円

以上合計五七九万四五三五円

(二) 損害填補

(1) 甲事件被告らからの任意弁済金 九九万円

(2) 労災保険より(診療費七四万五四三三円を除く) 五九万八七四四円

(3) 後遺症保険金 七五万円

(4) 自賠責保険前払い金 二〇万円

以上合計二五三万八七四四円

(三) 結論

原告川崎の本件事故による損害は、一から二を差し引いた三二五万五七九一円である。

よつて、原告川崎は、被告千香子及び被告嘉和に対し、連帯して損害金三二五万五七九一円及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年一一月九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1のうち、(一)、(二)、(四)、(五)、(七)、は認め、(三)、(六)、(八)、は否認する。

2 同2はいずれも否認する。

3(一) 同3のうち、(一)の原告川崎の受傷及び(三)の後遺障害一四級の認定を受けた事実は認める。

(二) 同(二)は、原告川崎が主張のごとき治療、手術を受けたことは認めるが、本件事故との因果関係は、次のとおり否認する。

(1) 原告川崎の右大腿骨骨折の治療は、キユンチヤー釘を挿入する方法であつたところ、通常では一回の釘挿入と抜取で治癒できるものであり、昭和五九年三月一〇日に行つた二回目の釘挿入手術以後の治療は、一回目の釘挿入後の原告川崎の療養の仕方に原因があつたもので、本件事故とは因果関係がないので、被告らに責任はない。

(2) また、原告川崎の妊娠中絶手術については、昭和五八年一一月二九日の一回目及び同五九年一二月一〇日の二回目とも、出産しようと思えばできたのに、同原告は出産を望まず、同原告の希望によつて行われたものであるから、本件事故との間に因果関係はない。

4(一) 同4の(一)はいずれも否認する。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)は否認する。

三  抗弁

1 免責

本件事故は、次に述べるように、専ら原告川崎の一方的過失に基づいて発生したもので、被告千香子には過失はなく、かつ、被告車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告千香子及び被告嘉和には損害賠償責任はない。

(一) 被告千香子の無過失

被告千香子は、被告車を運転して被告嘉和宅敷地の木戸口から本件道路に進入して右折しようとした際、右木戸口において一時停止のうえ、まず右方の安全を確認し、次に左方の安全を確認して進行車両のないことを確認した。

そして、被告車は時速約五kmのゆるやかな速度で本件道路に進入して右折を開始した直後、原告川崎が警笛を鳴らしながら時速約四〇kmで接近してきたので、これを「止まれ」の合図と解した被告千香子は自車前方を通過させようと考えて停止したところ、原告車が被告車の右側面に衝突したもので、被告千香子が停止したことは当時の状況下で最善の方策であつて、何ら過失はないものである。

(二) 原告川崎の過失

(1) 原告車は、原付二輪車であるから、できるだけ道路左側端に沿つて進行し、本件道路は左側に歩道がなく、道路に面して家が立ち並び丁字形に交差する狭い道路の出入口もあるので、道路の左側には注意して進行しなければならないところ、原告川崎は、本件道路の制限速度の時速三〇kmを一〇km超える時速四〇kmで進行した過失がある。

(2) 被告千香子が警笛を聞いて原告車に気づいたのが約一八mの地点であつて、その時点で原告川崎がブレーキをかけておれば、原告車が時速約四〇kmであつても、工学上、空走距離八・三四m(反応時間〇・七五秒)、制動距離九m(摩擦係数〇・七)の合計一七・三四mで停止でき、衝突を回避できたものである。

それにも拘らず、原告川崎は、「邪魔だ、邪魔だ、そこをのけ」の趣旨の威嚇的警笛を発しながら被告車の前か後を突つ切ろうと考えたため制動装置と警笛吹鳴を同時に操作することができない原告車において、警笛の措置を選び、制動措置を講じなかつた過失がある。

そのため、警笛を「止まれ」の合図と解した被告車が道路上に停止したことから、原告川崎は咄嗟の措置が採れず、逃げ場を失う形で被告車に衝突したものである。

2 過失相殺

仮に、被告千香子に何らかの過失が認められるとしても、原告川崎には前記(1の(二))の重大な過失があるから、損害賠償額の算定に当たつては、大幅な過失相殺がなされるべきである。

3 損害の填補

被告千香子及び被告嘉和は、原告主張の金額の他に、次の費用を支払つた。

(一) 原告川崎が労災保険金を受けられるための手続費用として、当時の原告川崎の雇い主に対し三二万円を支払つた。

(二) 原告川崎に対し、単車代名目で四万円支払つたが、これは名目如何に拘らず損害の填補として扱われるべきである。

四  抗弁に対する認否

1 免責の主張(抗弁1)は否認する。

(一) 被告千香子の過失について

被告千香子は、本件道路に進入する直前に右方約三五mの地点まで見通したときは原告車を認めなかつたというが、被告車が約二・七五m進行したところで事故が発生したことになり、この原告車と被告車の位置関係からすると、被告車は右方の確認をしなかつたというのが自然である。

仮に、右方の確認をして、次に左方の確認をしたとしても、右折のため発進するに当たつては再度右方を確認すべきであるのにこれを怠つたものであり、これは自動車運転者としては初歩的な過失であり、それだけに過失の程度は重いものである。

(二) 原告川崎の過失について

原告川崎は、時速三〇kmの制限速度で進行していたものであり、また、被告車が突然原告車の前に進出してきたため、原告川崎は回避する間もなく衝突したものである。

2 過失相殺(抗弁2)について

原告川崎は、本件事故における過失割合について、原告に一割の過失があることは認める。

3 損害の填補(抗弁3)について

(一) 同(一)は否認する。

右の三二万円は、被告千香子及び被告嘉和の支払い額を減額するための費用にすぎないから、原告川崎の損害の填補として扱うべきではない。

(二) 同(二)は否認する。

原告川崎は、本訴では物的損害について請求していない。

バイク代として四万円受領したことは認めるが、それは物的損害について示談が成立したからで、本訴において損害の填補として控除すべきでない。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告甲斐及び原告川崎の不法行為

被告甲斐及び原告川崎は共謀して、本件事故による損害賠償を要求するに際し、次に述べるような言動をしたもので、それは、本件事故について被告千香子に過失がないのに威圧的な言動で金員を要求した違法なものであり、仮に、被告千香子に過失があるとしても、原告川崎の過失分を一切考慮しない強要であり、かつ、暴力団に取立を依頼するといつた社会通念を逸脱したものであつて、不法行為を構成する。

(一) 被告甲斐は、本件事故当日、被告千香子に対し、「あんたけ(貴方か)任意(保険)じやろ、あとで話し合おうや」と睨みつけ、翌日被告甲斐宅に来るよう要求した。

被告千香子の夫訴外富山典晃(以下「訴外典晃」という。)と実兄の訴外河野栄智(以下「訴外栄智」という。)が翌日被告甲斐方に行くと、被告甲斐は、「入院中の原告川崎のためにリモコンテレビを買つてくれ、付添人を付けてくれ、給料として毎月八万円払つてくれ」と不当な要求をした。

(二) 被告甲斐は、昭和五八年一一月二二日、被告千香子に電話をかけてきたので訴外典晃に代わつたところ、「バイク代はどんげなつちよつとか、テレビはまだ持つて来んとか、給料が八万じやぞ」と怒鳴りつけて脅迫した。

(三) 被告甲斐は、同年一一月二八日の夜、被告千香子に電話をして、「明日原告川崎が中絶手術するから金を出せ」と要求し、被告千香子が訴外典晃に電話を代わり、同訴外人が医師に聞いてから応答する旨述べたところ、「横着なぞ」と怒号して脅迫した。

(四) 被告甲斐及び原告川崎は、原告川崎に付添つている女性について、仕事を休ませてまで付添をさせていると言つていたが、実際は、同女は退職者で、失業保険を受給していることが判明したので、同年一二月一五日に、被告千香子が被告甲斐に、病院側は付添はいらないと言つているのでやめてもらいたい旨要求したところ、被告川崎は、物凄い剣幕で「退院するまで付添は付ける」と怒号し、翌日も病院において、「妹が失業保険の手続をしているから付添費を払わなくてもいいと思つているんじやないか」と怒号した。

(五) 原告川崎が退院した昭和五九年初めころ、被告千香子が原告川崎方に休業補償費を持参した際、被告甲斐は、「俺は機関銃を持つちよつとよ、それで魚をダダダダと撃つとよね」と言いながら被告千香子を狙撃する格好をして脅迫を加えたときに、原告川崎は笑うのみで、被告甲斐の右脅迫を制止しなかつた。

(六) 被告千香子が、昭和五九年一二月一〇日、県立延岡病院において、原告川崎及び被告甲斐に対して労災手続を早くしてくれるよう頼んだところ、被告甲斐は、「労災はどうでもいい、あんたとこに金がないと言つてもどんな汚い手を使つても金を取る」と脅迫したが、同じ脅迫は、同月一七日にも被告甲斐から加えられた。

(七) 被告甲斐及び原告川崎は、「どんな汚い手を使つても金を取る」と述べていたが、昭和六〇年に、右の言葉を実践するように、暴力団岸本組の本部長柳田義勝に金員の取立を依頼した。

右柳田は、同年一一月一四日に被告千香子に、翌一五日に訴外典晃に、翌一六日に訴外栄智にそれぞれ取立のための電話をかけてきた。

2 被告千香子の損害

被告千香子は、前期の如き被告甲斐及び原告川崎の度重なる違法行為により心臓病が悪化し、昭和五九年三月二四日には身体障害者手帳の交付を受ける程となり、発作が頻発するため、本件事故当時勤めていたダスキン販売に就労できなくなり、それまで行つていた農作業はおろか家事もままならない状態になつたため、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つた。

被告千香子の右損害は三〇〇万円は下らない。

3 因果関係

被告千香子の症病名は、WPW症候群、発作性頻拍症、心不全であるが、この発症原因は外的刺激による精神的不安定、興奮であるところ、昭和五八年一一月から一二月にかけて、リモコンテレビや中絶費用のことで被告甲斐から脅迫されて電話恐怖症になり、翌五九年一月一一日、二月一日と入院しなければ症状が治まらなくなり、さらに、同年一二月一七日に被告甲斐から「汚い手を使つてでも金を取る」と脅迫された翌日に入院し、昭和六〇年二月一日に労働基準監督署から呼出を受けた日に入院し、同年一〇月二二日に被告甲斐から「慰謝料を用意しておけ」と脅され同年一一月五日に入院し、同年一一月一四日に暴力団岸本組の柳田から電話を受けるとその翌日に入院した経過から分かるように、その発症原因が被告甲斐及び原告川崎の言動に起因することは明白である。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1はすべて否認する。

(一) 被告千香子が本件事故について過失がないと主張し、それを前提に原告川崎の請求を威圧的とか強要とか非難するのは非常識である。

被告千香子が自らを無過失と観念すること自体に重大な過ちがある。

(二) 被告甲斐と原告川崎は、本件事故において、原告川崎に一割の過失があることは本訴で認めているし、訴訟前において、警察で、被告千香子と原告川崎の過失割合が八対二であるとのアドバイスを受けたことを被告千香子に説明しているもので、その考え方は健全である。

(三) 原告川崎及び被告甲斐と被告千香子との間で紛争状態に発展したのは、被告千香子及びその兄の訴外栄智による事故原因の歪曲と不当な抗争によるものである。

被告千香子は本件事故の責任を全面的に否認し、その責任を主張する原告川崎及び原告甲斐に激しい敵愾心をもつて不当に抗争するため、強い不満と不安を抱いた原告川崎及び被告甲斐が、時によつて「売り言葉に買い言葉」的な対応をしたのもやむを得なかつたものである。

また、訴外栄智の、伝聞事実の冷静さを欠いた誇張や、威嚇的な言動は、原告川崎や被告甲斐の精神を著しく傷つけるものであつた。

(四) 暴力団に取立を依頼したというのも事実に反する誇張である。

被告千香子は、昭和六〇年一月に原告川崎の労災保険の手続を済ませると、損害賠償につき一顧だにせず、原告川崎も要求しなかつたところ、同年一〇月になつて、友人の山本広延が、まだ解決していないのに同情して慰謝料等についての最終的な話し合いを勧めたので、被告千香子に要求したところ、被告嘉和及び訴外栄智から逆に激しく非難され、かつ、三〇〇万円の慰謝料を払えと要求されたのであり、そのことを右山本が知つて、さらに山本の知人の柳田が原告川崎に同情して被告千香子に話し合いを求めたのである。

柳田は、暴力団と名乗ることもなく、被告千香子から話し合いを断られたため、具体的な要求をすることもなく不法行為はしていない。

2 同2及び3は否認する。

被告千香子の心臓病は同人の持病であり、その悪化の具体的内容が被告甲斐及び原告川崎の言動に起因するものとはいえず、被告千香子には被害妄想的な一面があり、また、交通事故の加害者がその責任を果たす過程である程度の精神的苦労をするのは一般的なことであつて、それを被害者側である原告川崎に転嫁するのは妥当でない。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

(甲事件)

一  事故の発生

請求原因1の(一)、(二)、(四)、(五)、(七)の各事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立の争いのない甲イ第一号証の一ないし三、八、九及び一三、原告川崎(第一回)及び被告千香子(第一回)各本人尋問の結果並びに検証の結果によれば、次の事実が認められる。

1  本件道路は、非市街地をほぼ東西に走る平坦なアスフアルト舗装の道路で、幅員は約四・七六m、北側には幅約一・〇九mの路側帯があり、最高速度時速三〇kmの制限がある。

本件道路の路側帯の北側には幅約〇・五九mの無蓋側溝があるが、本件道路の北側に接する延岡市大貫町六丁目二五五番地所在の富山ミツエ方庭先木戸口(以下「本件木戸口」という。)部分は有蓋である。

なお、本件道路は、本件事故当時乾燥していた。

2  原告車は、本件道路西方から東進していたものであるが、緩やかな左カーブを曲がり終わつて直線道路に入つた地点からの本件木戸口を経た東方の見通しは良い。

被告車は、本件木戸口から南を向いて本件道路に進入し、右折して西進しようとしたものであるが、本件木戸口からの本件道路左右の見通しは、右(西)方には本件道路に沿つて高さ約〇・八一mのブロツク塀があり、また、本件木戸口左右の角には高さ約一mの石の門柱があるため、左右の見通しは悪い。

3  被告千香子は、本件木戸口から本件道路に進入し右折して西進しようとし、被告車の先端が側溝の蓋の南端の本件道路に接する位置で一旦停止し、まず右方の安全を確認したところ、約三八mまでの間に車両を認めなかつた。

次いで左方を見たところ進行してくる車両がなかつたので、左方を見たままの状態で発進して本件道路に進入し、右折するため時速約五kmで車体をやや南西に向けて約二・五m進行したとき、原告車の警笛が聞こえたので右方を見たところ、被告車から約一〇・二mの地点に原告車が時速約四〇kmで接近してくるのを初めて認めた。

被告千香子は、直ちに制動措置を採り、約一・八m進んだ、本件道路中央付近に、原告車の進路を塞ぐ形で停止したため、制動措置を講ずる間もなく進行してきた原告車の正面を、被告車荷台の右側部で最も運転席に近い部分に衝突させた。

原告川崎は、右衝突の衝撃で前方に跳ねとばされ、被告車の荷台に倒れ込んだ。

4  被告千香子は、夫典晃の兄で実家(前記富山ミツエ方)に住んでいる被告嘉和所有の被告車を、以前から実家の農作業や荷物の運搬のために運転していたところ、本件事故は、実家での用を済ませて帰る途中に起こしたものである。

以上の事実が認められ、前掲各証拠のうち右認定に反する部分並びに乙第一三号証及び第三〇号証(いずれも被告千香子作成の事実申立書)、同第一六号証及び第三二号証(いずれも訴外栄智作成の事実申立書)、証人栄智の証言のうち前記認定に反する部分はいずれも採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二  責任

1  被告千香子

前記(一の3)認定の事実によれば、被告千香子には、本件木戸口からの本件道路左右の見通しが悪いので、本件道路に進入して右折進行するに当たり、右方に次いで左方の安全を確認した後、再度右方の安全を確認したうえで進行すべき注意義務があつたというべきところ、被告千香子は、まず右方を確認した後、左方を見たまま、再度の右方の確認を怠つた状態で進行した過失があり、そのため、被告車を時速約四〇kmで進行してきた原告車の約一〇・二m前方に進出させたうえ、急制動をして原告車の進路を塞ぐ状態で停止した結果、原告車をして、制動措置を講ずる間もなく被告車に衝突させたものである。

したがつて、被告千香子には、民法七〇九条により、原告川崎の後記損害を賠償する責任がある。

2  被告嘉和

被告嘉和が被告車の所有者である以上、一般的・抽象的に被告車の運行支配と運行利益は被告嘉和に帰属すべきであるから、被告嘉和において特別の事情の存在を主張立証しない本件においては、被告嘉和は被告車の運行供用者たる地位にあつたと認めるべきであり、かつ、被告千香子に運転上の過失がなかつたとは認められないことは前記のとおりであるから、被告嘉和は自賠法三条本文により、原告川崎の後記損害を賠償する責任がある。

したがつて、被告嘉和の免責の抗弁は採用できない。

三  損害

1(一)  受傷

原告川崎が本件事故により右大腿骨骨折の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

(二)  治療経過

原告川崎が請求原因3の(二)の(1)の記載の治療を受けたことは当事者間に争いがない。

(1) 被告千香子及び被告嘉和は、原告川崎の骨折の治療は通常一回のキユンチヤー釘挿入術で治癒可能なもので、昭和五九年三月一〇日の再度の打ち込み術以後の治療は、原告川崎の療養の仕方に原因があつたものであるから、本件事故とは因果関係がない旨主張するので判断する。

成立に争いのない甲イ第二号証、甲ロ第五号証及び証人菊田勇の証言によれば、原告川崎の本件骨折は、右大腿骨が三片に分離し、一片の片側はらせん状に骨折した、比較的治療が困難なものであつたこと、できるだけ早い社会復帰を考えて、キユンチヤー釘使用により早期歩行訓練を行う治療方針を採用したこと、早期歩行訓練を行う結果キユンチヤー釘が抜けることが起こりうるため、その都度打ち込みが必要であるが、そのために骨形成には支障はなかつたこと、昭和五九年一二月一二日に一段と太い一二・五mmのキユンチヤー釘を挿入したのは、化骨形成の不十分な箇所があつたため再骨折を恐れたためであつたこと、その後異常はなく、昭和六〇年八月一四日に釘を抜き、同年九月七日には右臀部(一二×三cm)と右大腿部(二二×二cm)の手術瘢痕を残すのみで治癒し、機能上の後遺症はないことの各事実が認められ、右事実によれば、原告川崎に要した治療期間は、本件骨折の治療にとつて必要な期間と認められ、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(2) 次に、被告千香子及び被告嘉和は、原告川崎の二度の妊娠中絶は、いずれも同原告が子の出産を望まず、中絶を希望したために行われたものであるから、本件事故とは因果関係がないと主張するので判断する。

前掲甲ロ第五号証及び菊田証言の他に、成立に争いのない甲イ第六号証によれば、昭和五八年一一月二九日の一度目の中絶手術は、同年一一月一八日のキユンチヤー釘挿入手術が、部位を切開して行う観血的手術であり、その場合、術中術後の感染の防止と鎮痛のために、抗生物質や鎮痛薬を使用するのが通常であることから、それを使用すれば胎児への悪影響が懸念されたため、原告川崎と産婦人科医とが相談した結果、骨接合手術のためには中絶はやむを得ないとの結論に達したために行われたものと認められるので、右中絶手術は、本件事故と相当因果関係があるといわざるを得ない。

もつとも、前掲菊田証言によれば、昭和五九年一二月一〇日の二度目の中絶手術は、健康人が行うのと変わりなく、骨折の手術とは関係がなかつたことが認められるので、本件事故とは相当因果関係はないというべきである。

(三)  後遺症

原告川崎が後遺障害等級一四級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。

2  入院雑費 八万九〇〇〇円

原告川崎の入院期間は、前記1の(二)の(1)で認定したとおり八九日間であり、経験則によると、原告川崎は右期間中一日につき少なくとも一〇〇〇円の割合による入院雑費を要したことが認められるから、本件事故により、入院雑費として八万九〇〇〇円の損害を受けたことが認められる。

3  休業損害 一三七万六三八五円

(一) 原告川崎本人尋問の結果(第一回)並びにそれにより成立の認められる甲イ第三号証の一及び二によれば、原告川崎は、本件事故前の昭和五八年八月から一〇月までの三箇月間に計二四万五五二九円の月例給与を得たこと、賞与として毎年二回各四万円を得ていたことが認められ、右に反する乙第一〇号証の記載部分は、前掲川崎の供述及び甲イ第九号証(弁論の全趣旨により成立を認める。)に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) ところで、原告の治療期間は、昭和五八年一一月九日から昭和六〇年九月七日までの六六九日間であるが、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二〇号証及び被告千香子本人尋問の結果によれば、原告川崎は、スーパーフレツシユ白尾に、昭和五九年五月二八日から六月二七日の三一日間に二三九・五時間、七月には一〇二時間勤めていたことが認められ、一日平均約八時間とすると七月の一〇二時間は一三日分に相当するので、この間約四四日間は働いて収入を得ていたことになるから、右を六六九日間から差し引いた六二五日間を休業期間とみなすのが相当であるところ、原告川崎は本訴において四七三日分を請求している。

(三) したがつて、原告川崎は、右の四七三日間分の得べかりし収入を喪失したと認めるのが相当であるから、その額は、一三七万六三八五円となる。

算式

(二四万五五二九円×四+八万円)×(四七三/三六五)=一三七万六三八五円

4  逸失利益

原告川崎は、労働能力を五%喪失したため、八八万三二九八円の得べかりし利益を失つたと主張するので判断する。

(一) 前掲甲イ第三号証の一、甲ロ第五号証、乙第二〇号証、菊田証言及び原告川崎の供述(第一回)並びに成立に争いのない甲イ第四号証によれば、原告川崎の後遺障害は右臀部の一二×三cmと右大腿部の二二×二cmの手術瘢痕(以下「醜状障害」という。)であること、原告川崎は、昭和五九年五月二八日から七月中旬ころまでスーパーフレツシユ白尾に勤め、その間の一箇月分の収入は本件事故前の三箇月間の月平均収入額よりも高い賃金収入を得たこと、昭和五九年一二月一二日に二度目のキユンチヤー釘を挿入し、同月一七日に退院した後は重労働も可能とされ、昭和六〇年九月七日に治癒したときは跛行もなく、就労に支障はなくなつたことの各事実が認められ、右認定に反する原告川崎の供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 原告川崎が後遺障害一四級の認定を受けたことは当事者間に争いがないところであるが、右認定の事実によれば、原告川崎の醜状障害は、労働能力とは無関係の部位に生じたものであつて、労働能力が低下したとは認められないから、右醜状障害に基づく労働能力の低下による財産上の損害は生じていないものといわざるを得ない。

したがつて、原告川崎の逸失利益の請求は失当である。

5  慰謝料 二二五万円

(一) 原告川崎は、本件骨折及び妊娠中絶の治療期間の慰謝料として二一五万円を請求しているところ、前記(三の1の(二)の(2))のとおり、妊娠中絶は一度目のもののみが本件事故と相当因果関係があるものとして斟酌するのが相当であり、これに、本件骨折のための入院期間八九日、通院五七日(甲イ第二号証)を要し、完治まで相当長期間を要したこと、その他諸般の事情を斟酌すれば、その慰謝料は一五〇万円と認めるのが相当である。

(二) 後遺症慰謝料は、原告川崎が醜状障害のため後遺障害一四級の認定を受けていることに照らし七五万円が相当である。

6  通院交通費 三万三〇〇〇円

前掲甲イ第二号証及び成立に争いのない甲イ第五号証によれば、原告川崎の通院期間は五七日間で、バス停西階中から県立病院までの片道運賃は三〇〇円であるから、原告川崎の請求する五五日分のバス運賃は三万三〇〇〇円である。

7  損害額小計 三七四万八三八五円

前記2、3、5及び6で認定した各損害額を合算すると、三七四万八三八五円となる。

四  過失相殺

被告千香子には、前記二の1(被告千香子の責任)で認定したとおりの過失があり、他方、前記一(事故の発生)で認定した事実及び原告川崎(第一回)によれば、原告川崎は、本件道路を制限速度を一〇km超えた時速約四〇kmで進行していたこと、本件道路を毎日通行するため本件木戸口があることは知つていたことが認められ、右事実に本件事故の態様等諸般の事情を総合すれば、原告川崎の過失を二割と認めるのが相当である。

そして、過失相殺の基本となる損害額は前記のとおり三七四万八三八五円であるから、これから二割を控除した、二九九万八七〇八円が原告川崎の損害である。

五  損害の填補

1  原告川崎が、任意弁済として九九万円、労災保険より診療費を除く五九万八七四四円(なお、原告川崎は、労災保険金の給付の内容の如何を問わず損害の填補として控除することに異存がない。)、自賠責保険より、後遺症保険金七五万円及び傷害保険金二〇万円の合計二五三万八七四四円の各支払を受けたことは当事者間に争いがない。

2  したがつて、原告川崎の過失相殺後の損害額二九九万八七〇八円から、右二五三万八七四四円を控除した損害額は、四五万九九六四円となる。

3  被告千香子及び被告嘉和は、原告川崎が労災給付を受けられるように手続をした費用三二万円と単車代名目で支払つた四万円も損害填補として控除すべきと主張するが、前者は、栄智の証言及び被告千香子(第一回)によれば、被告千香子の原告川崎に対する休業補償費の支払が苦しくなり、労災保険の適用を受けるため保険金の後掛けとして支払つたものと認められるところ、それは、弁済のための費用というべきものであるし、被告自身の負担軽減のための費用であつて、原告川崎の損害を填補するものではないから控除すべきでなく、後者は、明らかにバイクの破損についての弁償であり、本訴請求外のものであるから控除すべきでないので、いずれの主張も失当である。

六  弁護士費用 二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告川崎は原告訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、または支払の約束をしたものと認められるところ、本件事案の内容、審理経過、結果等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用は二〇万円と認めるのが相当である。

七  結論

したがつて、原告川崎の甲事件請求は、六五万九九六四円及びこれに対する本件事故の日である昭和五八年一一月九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(乙事件)

一  原告川崎及び被告甲斐の不法行為

1  成立に争いのない甲ロ第一号証ないし第三号証、乙第一一号証、第一二号証、第一五号証ないし第一七号証、第二四号証、第二六号証、被告千香子本人尋問の結果(第二回)により成立の認められる甲ロ第四号証、同被告本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲ロ第七号証、原告川崎本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲イ第七号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲イ第八号証及び第一〇号証、証人河野栄智の証言、被告千香子本人尋問の結果(第一回、第二回)、原告川崎本人尋問の結果(第一回、第二回)及び被告甲斐本人尋問の結果(第一回、第二回)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告川崎と被告甲斐は、昭和五六年ころから内縁関係にあり、本件事故が発生して原告川崎が入院して以来、被告甲斐は、内縁の夫として看護をするとともに、被告千香子及び被告嘉和との損害賠償の交渉を行つていた。

(二) 右交渉の過程で、原告川崎の休業補償、妹の付添費、入院中のリモコンテレビや、原告川崎の妊娠中絶費用の件等で加害者被害者間で意見が食い違うことがあり、被告甲斐において、被告千香子や夫の訴外典晃を面前であるいは電話で怒鳴る等のことがあつた。

(三) 原告川崎及び被告甲斐は、昭和五九年一二月五日のレントゲン撮影の結果、骨形成に不十分な箇所があつて退院予定が遅れると医師から告げられた際、これを聞いた被告千香子が、「大変じや、早く労災の手続をとつてもらわなきや」と言つたのを、原告川崎の症状を心配するよりも、休業補償費の出費が増えることの方を心配していると受け取り、悪感情を抱いていたところ、同月一〇日に、再度のキユンチヤー釘挿入手術を控えて、原告川崎が再び妊娠していることが判明したため、中絶するか否かを原告川崎、被告甲斐及び被告千香子の三人で相談していた際、被告千香子が労災手続の書類のことを言い始めたことに憤激し、被告甲斐において、「労災はどうでもいい、どんなに金がないと言つても、どんな汚い手を使つてもおまえから金を取る」と申し向けて、被告千香子を脅迫した。

(四) 原告川崎は、被告千香子に心臓疾患があることは昭和五九年の二月ころから知つており、被告甲斐も、右(三)の後の一二月一二日には被告千香子と心臓の話をし、同女が身体障害者に認定されていることを知つていたものであるところ、同月一七日に原告川崎が退院した当日、休業補償費の支払を巡つて対立し、被告甲斐は自宅からの電話で被告千香子に対し、先日と同様、労災はどうでもいい、どんな汚い手を使つても金を取ると怒鳴つて、被告千香子を脅迫した。

そのため、被告千香子は心臓の発作を起こし、翌一八日から二〇日まで共立病院に入院した。

被告千香子の入院を知つた訴外栄智は、右一八日に原告川崎方に出向き、原告川崎と被告甲斐に対し、被告千香子の心臓に負担がかかるので、今後被告千香子方には電話をしないよう、また、今後の交渉は栄智とするよう強く申し入れた。

(五) 原告川崎は、昭和六〇年一月に労災手続を済ませてからは被告千香子らとの交渉が絶えていたことから、昭和六〇年一〇月二二日、慰謝料の件で話し合おうと考えて被告千香子に電話をしたところ、訴外典晃から強い口調で非難され、逆に慰謝料を請求すると言われた。

さらにその夜、訴外栄智は川崎方に電話をし、千香子方に電話をしたことを非難するとともに、「お前達がいかなるやり方でやつてもおじこたね(怖くない)、監督署は一銭もやる必要はないと言つた、お前達から金を取ろうと思えばどんなことをしてもとれる、大貫を通るなら通つてみよ、ただでは済まさんぞ」と過激に申し向けた。

(六) 原告川崎と被告甲斐は、栄智や典晃の態度に接し、自分らでは交渉できないと考え、延岡市では知られた暴力団である岸本組の幹部の柳田義勝に示談交渉を依頼した。

(七) 被告千香子は、昭和六〇年一一月一四日に、右岸本組の柳田から示談交渉のために電話がかかつてきたことに動転し、その夜眠れなかつたため心臓に負担がかかり、翌一五日朝に発作が起きて入院し、翌一六日退院した。

柳田からの電話は、一五日に典晃に、一六日に栄智にもかかつてきた。

(八) 被告千香子は、その後の同年一二月三〇日から再び入院していたが、暴力団が介入してきたことから前途を悲観して書き置きを書く程心理的に圧迫された。

以上の事実が認められ、前掲各証拠のうち右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  右認定の事実のうち、原告川崎及び被告甲斐が共同して行つた、昭和五九年一二月一〇日の被告千香子に対する脅迫(前記(三)の事実)、同月一七日の脅迫(同(四)の事実)及び暴力団を使つた昭和六〇年一一月一四日の脅迫(同(七)の事実)は、いずれも殊更に相手を畏怖させるもので、示談交渉としての社会的相当性を逸脱した違法なものというべきであつて、不法行為を構成するといわなければならない。

二  被告千香子の損害

1  被告千香子は、右の違法行為により、恐怖心から精神的苦痛を生じたことが認められる。

そこで、その精神的損害を考慮するに、前記認定のとおり、本件事故の発生後、加害者側被害者側双方の関係者間で色々な交渉が行われる間に双方の感情的な対立があつて、それが被告甲斐の度を越えた威嚇的言動の原因となつているし、また、労災手続が終わると被告千香子らは慰謝料等の残つた問題についての解決に積極的な姿勢を採らずにいたため、原告川崎が慰謝料の請求をしたところ、訴外典晃や栄智から、思いもよらない激しい反発を受け、非難されたことが暴力団に示談交渉を依頼する原因となつているという事情もあり、これら事故後の交渉の経緯や関係者らの言動を考慮し、諸般の事情を総合して斟酌すると、被告千香子の精神的損害を金銭に評価するときは三〇万円が相当である。

2  なお、被告千香子は、原告川崎及び被告甲斐の不法行為により心臓病が悪化して身体障害者となり、日常生活さえ全うできなくなつたと主張するが、前掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告千香子は一一年くらい前に第二子を出産した後にwpw症候群に罹患し、本件事故前も年に一度くらいは発作があつたものであり、また、交通事故の加害者には様々な精神的圧迫が生じることが通常であるし、被告千香子の性格的素因も病状悪化の一因とも考えられること等からすれば、被告千香子が主張する症状と原告川崎及び被告甲斐の違法行為との間には、相当因果関係を認めることはできないというべきである。

三  結論

したがつて、被告千香子の乙事件請求は、三〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六二年六月一二日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

総結論

以上の次第で、原告川崎の甲事件請求は、被告千香子及び被告嘉和に対し、各自六五万九九六四円及びこれに対する昭和五八年一一月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、被告千香子の乙事件請求は、原告川崎及び被告甲斐に対し、各自三〇万円及びこれに対する昭和六二年六月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高原正良)

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